傀儡の恋
03
目を開けると同時に飛び込んできたのは、懐かしいすみれ色だった。
それは彼女の瞳と同じ色だ。
「お兄さん、起きた?」
そんなことを考えていれば、柔らかな声が耳に届く。同時に五歳ぐらいの子供が自分の顔を覗き込んでいるのがわかった。
「……すみれ色……」
思わずこう呟いてしまう。
「お兄さん?」
そうすれば子供が首をかしげる。
「君の目の色だよ」
苦笑ともに説明の言葉を口にした。
「それよりも、ここはどこかな? そして、どうして俺はここにいるんだい?」
教えてくれるか、と言外に続ける。
「ここはね、僕のお家。お兄さんがお外で倒れてたから、パパが連れて来たの」
子供はそう言って笑う。
「お兄さん、おなか減ってない?」
この言葉を聞いた瞬間、腹が鳴る。予想以上に自分の体は欲求に素直だったらしい。
「減ってるね。今、ママにお願いするから。ちょっと待ってて」
そう言うと子供は身を翻す。そして、部屋の外へと駆け出していった。
「……ずいぶんとお人好しの家族に拾われたようだな」
だが、助かったというのも事実だ。
しかし、とラウは小さなため息をつく。
ここで気を緩めてはいけない。彼らが警察に通報していないとは限らないのだ。
食事も中に何が入っているのかわかったものではない。
もっとも、と小さなため息をはき出す。
あの子供は何も知らないだろう。親も知らせるとは思えない。
いや、自分がそう考えたいだけかもしれないが。
それはきっと、あの子供が記憶の中の女性と同じ色の瞳を持っているからだ。
いや、思い出せば髪の色も同じだったような気がする。
ひょっとしたら、あのときの子供なのか。だとするなら、母親というのは彼女なのかもしれない。一瞬、そんなことを考えてしまう。
もちろん、ただの偶然だと言うことはわかっている。彼女とその夫が亡くなったことは間違いない事実だ。当然、まだ自分で動けない赤ん坊も後を追ったに決まっている。
それに、と心の中だけで付け加えた。
彼女の子供は双子だった。だが、この家には先ほどの子供しかいないらしい。
そう判断したのは、ここが子供部屋らしいからだ。置かれているものが全て一人分しかない。それらは全てあの子のものだろう。
「大丈夫だよ、ママ。僕一人で持って行けるもん」
「だめよ、キラ。母さんに任せなさい」
ドアの向こうからこんな会話が聞こえてくる。それは微笑ましいと言えるものなのだろう。自分が当事者でなければ、の話だが。
「それに、そろそろアスラン君が来るわよ」
「もう、そんな時間?」
「遅刻はだめよ」
この言葉に無意識に小さな笑いが浮かぶ。母親らしい女性にこう言われてどのような表情を浮かべているのか、想像できてしまったのだ。
あの子達も、生きていればこんな生活を送っていたのだろうか。
「……どうして、あの頃のことばかり思い出すんだろうな」
ラウは小さな声でそう呟く。
答えはわかっている。彼女が自分の中で幸せの象徴だからだ。
「あの日々を壊したのは、俺なのに」
それでも、あの日々は今でも自分の中で宝物なのだ。
「何も知らなかった頃に戻れたらいいのに」
やり直すことが出来れば自分はどうするのだろう。その答えはいくら考えても出ない。
「食事を持ってきたわ。入ってもいいかしら?」
そして、考えを遮るかのようにノックの音が響いてくる。
「はい」
答えが出ないなら、今は放置しておこう。とっさにそう考えるとラウは言葉を返した。